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雑感―Cムクゲの花

 

 韓国の古都慶州(キョンジュ)を歩いていると、白や、淡い紅色や、薄紫の花をつけた

 

ムクゲ(木槿)をよく見かける。ムクゲは韓国の国の花。夏から秋にかけて花びらを変え

 

つつ咲き続け、天が高く澄むころいちだんと清楚な美しさをきわだたせる。

 

 

 みちばたの むくげは 馬にくわれけり

 

 

 芭蕉の句である。この句を読むたびに、私は韓半島

 

の苛烈な歴史を思う。だれがどのように計算したのかは

 

知らないが、この半島は千回以上も外国から侵略をうけ

 

たという。韓民族・朝鮮民族はそのたびごとに外敵を

 

跳ねかえし、はね返しながらねばり強く生きつづけた。

 

 ムクゲは繊維質の多いアオイ科の低木で、踏まれようとつぶされようと、あるいは芭蕉の

 

句にあるように馬に食われようと、ふたたび緑の葉をのばして可憐な花をつける。私がムク

 

ゲに韓国を思うところは、その生命力の強さにある。

 

 

 慶州は新羅(しらぎ)千年の王都である。新羅は覇権をかけて高句麗、百済と戦い、

 

七三五年に韓半島を統一した。世界遺産の仏国寺(ブルグクサ)や五陵(オヌン)の

 

古墳群など見るものも多い。

 

 この古都を初めて訪れたのは一九七〇年の秋のこと。私は二九歳だった。関釜フェリー

 

で下関から釜山にわたり、早朝のバスで慶州に入った。目的は吐含山(トハムサン)

 

五六五メートルの山頂にある石窟庵(ソクラム)、その庵にある釈迦如来坐像を見ること

 

だった。この像はガンダーラ仏の流れをうけている。

 

 山頂までの自動車道路はまだ建設中だったの

 

で、山腹をうねうねとはう山道を歩いた。参詣者が

 

秋の光を浴びながら三三五五のぼっていく。とき

 

おり話かけられたが言葉がダメなので、笑いなが

 

ら「こんにちわ、日本人です(アンニョンハシムニ

 

カ、イルポン、サラム)」と答えるのみだった。

 

 石窟庵は、いまでこそガラスで仕切られ、石窟内

 

に出入りはできないが、とうじは釈迦如来の座像ま

 

で自由にちかづけた。三メートルの座像はどっしり

 

と鎮座し、尊顔は端整にしずまっている。台座の背後には十一面観音像が彫られていて、

 

衆生(しゅうせい)を救おうとする観音の表情は柔和で慈愛に満ちていた。

2

 

 石窟にはいっていた中年の韓国人が流暢な日本語で「この洞窟は如来像を置いた後、

 

人工的につくったんですよ。冬至に東海(日本海)から朝日がのぼるとき、その朝の最初

 

の光が洞窟にさしこんで釈迦像の額にはめられたガラスの白毫(びゃくごう)が輝くように

 

計算されてます」と説明してくれた。あまりに日本語が鮮やかなので、「失礼ですが、ほん

 

とうに韓国の方ですか?」とたずねたら、ニコニコ笑いながら「在日です」と答えた。里帰り

 

をしているのだという。石窟庵の入り口に祭壇があって、その前では韓国の参拝者が三拝

 

してから九拝する拝礼で祈りをささげていた。

 

 

 二時間ほど見学して参道をくだった。ふと昨夜からなにも食べていなかったことに気づい

 

た。陽は中空にかかり、時計の針は二時を回っている。激しい空腹を覚えた。七合目ほど

 

のクヌギ林に茶店があったのを思いだして、そこに向かった。店先で声をかけると、刀自

 

(とじ)という言葉がぴったりの面立ちをしたお婆さんが、顔をのぞかせた。私が日本人だと

 

わかると、お婆さんは掌で「ちょっと待て」というふうに押しとどめて、店の奥に消えた。

 

かわりに、パジ・チョゴリを着たお爺さんが出てきた。鶴のような痩身で、日焼けした顔の

 

色は古木のような艶(つや)をおびている。顎の下にヤギ髭をたくわえていた。「日本語は

 

あまりよく覚えてないがね」と言いながら私の求めを聞き、「白菜のキムチはまだできてな

 

いが、ネギキムチならあるよ。粟飯もある」と答えた。

 

 「ほかに、なにか…」

 

 お爺さんは小首をかしげていたが、「ついてこい」と言って茶店の裏に案内した。渓流の

 

透明な流れに、一升瓶が横たわっていた。お爺さんは指差して一声「黍酒(マッコリ)」

 

「ウワァ、願ってもない。ぜひ一杯。ネギキムチで!」。

 

 顔中を皺(しわ)にしてお爺さんは笑い、二、三度うなずい

 

た。マッコリは素焼きの盃になみなみとつがれた。縁台に腰

 

かけ、大ぶりの盃をかたむける。冷えたマッコリは咽を伝って

 

胃に流れ落ち、そこから酒精が五体の隅々まで散っていく。

 

眼下に秋霞のかかった慶州盆地が見える。ときおり吹き過ぎ

 

る山風がクヌギの枝をかき鳴らす。盃をかさね、陶然と黍酒

 

の酔いに身をまかせ、新羅千年の歴史を思い浮かべていた

 

ら、お爺さんが横笛を手にしてあらわれた。

 

 「なにもご馳走できないけど」と言い「韓国の古い曲だよ」

 

そうつけ加えてから、笛をたかだかと肩口まであげた。両手

 

の指が六孔に添えられ、唇が吹口によせられる。颯々とした笛の音が、山風に乗るように

 

してながれでた。

3

 

 慶州盆地の樹木は、唐紅(からくれない)に染まりつつある。仏国寺の松のみ、緑がこゆ

 

い。ふと「上代の野遊びとは、このような風情ではなかったのだろうか」などと思った。そう

 

思うと珠玉のような秋の思い出を馳走されているようで、涙がわきあがるほどの感動を

 

おぼえた。

島津豊久のこと

ロンドンに飽きた者は・・・

円高の2011年

ムクゲの花

 

谷克二が、故郷宮崎のホームページ

に寄稿した文章から。

 

 

 

 

 

谷克二が講師を努める、30年の歴史

を持つ文章を学ぶ教室からお届け。

 

 

 

 

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