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雑感―B円高の2011年

 

 3年前(2008年9月15日)、アメリカの証券会社リーマン・ブラザーズが負債64兆円をか

 

かえて倒産した。この金額は、日本の年間税収の約1.5倍に当たる。リーマンショックの始

 

まりである。たちまち信用不安がひろがり、世界の需要は一気に縮小、だれもモノを買わ

 

なくなった。したがって、モノを作っても売れない。だから、生産も縮小せざるを得ない。

 

リーマンショックは世界経済に大打撃を与え、生産と消費のサイクルは狂って、デフレス

 

パイラルの悪循環に陥ってしまった。

 

 日本も例外ではない。だが、日本の場合、見逃せないのは、同時に起きた『強烈な

 

円高』だ。世界のあらゆる通貨に対して円がいちじるしく上昇し、日本企業の収益を一気に

 

悪化させた。自動車や電機産業などの輸出企業は円高によって軒並み利益率が悪化し、

 

「円高の恩恵を受けるはずの輸入産業」も、消費の収縮〜つまりデフレで〜輸入してもモ

 

ノが売れない。デフレでは賃金が下がっていくから、誰もモノを買わないのである。

 

 

 円は、去年、つまり2010年初めには、1米ドルに対して91.2円といったところだったが、

 

1年で10円近く値上がりして、今は82.3円になっている。比率で見ると、対米ドルで20%、

 

対ユーロで30%、英ポンドや韓国ウォンに対しては40%ちかく跳ねあがった。

 

昨年(2010)は、ギリシャ危機という、ひとつの国家が金(かね)のやりくりに手詰まってしま

 

う「ソブリン・リスク(主権国家の直接機関へ信用供与ができるかどうか、それに対するリス

 

ク)」が生まれ、これは具体的に言えば「誰もギリシャを信用せず、金を貸さない」という状

 

況だから、ギリシャの国債に買い手がつかない。

 

 「そうなると将棋倒しになる。大変だ!」と、ユーロ圏の国々は大慌てにあわてたが、その

 

反動で日本円が買われるという珍妙な現象が起きた。なぜなら、ギリシャの公的債務〜

 

 

つまり国家の借金〜は、国内総生産(GDP〜すなわ

 

ち国家の総収入〜の100%なのに対して、わが日本国

 

は、その率実に180%の世界最悪レベル。だから、ギ

 

リシャどころじゃない大借金国家なのである。

 

 ところが、日本の円資産は金融市場で人気を呼ん

 

で大いに買われた。「借金の多い人が借金の少ない人より頼りにされる」という珍現象は、

 

誠に面妖で、妙チキリンで、皮肉である。理由付けはいろいろされている。

 

 「ギリシャの国債は外国が買っているけど、日本の国債は日本人が買っているから簡単

 

には売らない。だから世界が安心して買うんだ」「世界でただ一国だけのデフレ国家だか

 

ら、通貨の価値が物価の低落によって底上げされている」「弱い通貨、強い通貨の消去法

 

でいけば、円は強い通貨。だから買われている」

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 「ホントカシラネ?」というのが、私の思いである。そんな理由だけで、いったい全体ほん

 

とうに世界の金(かね)が日本の円に流れこんでくるのだろうか? そんなはずはないだろ

 

う。

 

 

「円は基本的に強い通貨」という錯覚が、どこかにあるのではないだろうか?

 

普通なら「通貨売りの材料になるはずの

 

@日本経済の弱い潜在成長力

 

A財政悪化〜収入の5倍もある借金

 

が、これ等の理由付けからは、完全に無視されている。

 

 強い円を支えていた条件は、日本の抜群の技術開発力、質の高い労働力、豊富で優秀

 

な人材、高い貯蓄率、そして健全な財政規律などだったのだが、そのどれをとっても昔日

 

の面影はない。この先、高齢化によって貯蓄は減少していくだろうし、少子化によって労働

 

力は減っていく。不足する労働力を補充する外国人労働者の受け入れ体制も全く整って

 

いない。円高不況によって税金の収入は減っていくから、税制改革をやらない限り、日本

 

は2010年代のどこかで、完全に経常赤字になってしまうのは、火を見るより明らか。

 

つまり「生活するには、どうしても80万円必要だけれども、50万円しか稼げない」というこ

 

とになるのだ。税収の2倍以上の100兆円も支出する予算を組み、20倍を超える膨大な

 

負債(地方債を含む)を抱えこんでをやっていくには、財政の赤字を減らして利子負担軽く

 

し、企業の国際競争力を強めるしかない。さすれば増税ということになるのだが、そうした

 

強力な政策をとれる政権ができるかどうか。今の民主党では、何とも心もとないし、かとい

 

って自民党やほかの野党にも傑出したリーダーは、まだいない。

 

 経済大国となった中国は、指導者の交替を来年に控えている。その国内では不動産が

 

5%、食料品が10%も値上がりするインフレになっている。しかし輸出は好調だから、経常

 

黒字がさらに増えていく可能性は大。だから「人民元切り上げ」があればアジアの代表的

 

な通貨の座を日本が奪われるのもそう遠くないということになる。

 

 アメリカも2年後には大統領選挙で、指導者の交替がおこる可能性がある。アメリカ初の

 

黒人大統領オバマの人気にかげりが見えれば、現政権は景気を浮揚させるためにアメリ

 

カ連銀の尻を叩いて、さらなるドルを市場に放出するだろう。つまり政策インフレを意図的

 

に生み出させる。そうなるとデフレ下で呻吟している日本の円は、80円を突破して、日本

 

更はなる不況におちいる可能性が出てくる。

 

 アメリカの大量のドルの放出は、アメリカ債を買い続けている中国を締め上げ、結局は

 

「元の切り上げ」につながるのではないか? そう考えると、アメリカはオバマ人気のかげ

 

りを利用して、経済戦略としての「元の切り上げ、ドルの安値誘導」を実現させようとして

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いるようにも思えてくる。これは、ソフトの面での主導権争い、東西対決である。

 

 

 我々は忘れがちなのだが、東西冷

 

戦はアメリカとロシアの間、ヨーロッパ

 

でこそ20年前に終わったけれど、

 

日本のある東アジアではまだ終わっ

 

ていない。

 

昨年12月の、北朝鮮による韓国の

 

ミョンボン島の砲撃で少しは目が覚め

 

たかもしれないが、日本は北朝鮮、

 

中国、ロシアに対して、地勢的なリス

 

クをしょって向かい合っているのである。なのに、沖縄のアメリカ軍基地のことさえ解決で

 

きない。アメリカ軍に日本から出ていってもらうのなら、日本は丸裸になるのだから、自分

 

で自分を守る再軍備を真剣に考える覚悟がいる。国際政治というのは、どぎつい言い方を

 

すれば弱肉強食であって、「オテテツナイデ仲良シゴッコ」などは絶対にあり得ないことは

 

歴史が証明している。

 

 平和の定義には、「誰にとっての平和なのか?」という問題がつきまとう。だから、その視

 

点にたって平和を保とうと思えば、絶えざる注意と、撹乱の芽を少しでも見つけたときには、

 

ただちに摘みとるだけの国家の意志装置が必要なのである。そんなことは、国際人なら生

 

まれたての赤ん坊だって知っている。

 

 個人レベルでも同じことなのだが、自分で自分を助けようとしない者を、他人が助けるこ

 

とはまずない。近代経済学の父と言われるマックス・ウエーバーは、これを「天は自ら助け

 

る者を助く」と言い切っている。私もそう思う。

 

 「強い円」の幻想が消えて、ある日世界がそのマイナスの面にいっせいに向かうとき、

 

円が下向く可能性は十分にある。そのとき「日本人は日本を信じているから国債は売らな

 

い。日本国債は投げ売りされない」という保証はどこにもない。人間は基本的には強欲で

 

あり、損をすることはしないものである。

 

 

 もちろん「円が普通の通貨」になれば、心地好いこともおきる。円安になれば輸出企業

 

(製造業)の収益が改善されて利益が増え、その利益が賃金に還元されて消費を増やし

 

ていく。輸入産業も消費市場でモノが売れてビジネスは好調な状態にもどる。こうした図式

 

は描けるには描ける。事実、通貨安で英国や韓国は経済を復活させたし、そのような例は

 

ほかにもある。だが日本の場合、通貨安の痛みは大きい。「資源」や「食料」の輸入コスト

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は確実に上昇して行く。だがそれよりなにより、為替のブレを調整している間に、どれだけ

 

の日本企業が海外に逃げ出していくだろうか。

 

 今では目一杯になってしまった国債は、やがて国内の貯蓄ではまかなえなくなる。外国

 

に買い手を求めたら、金利は間違いなくハネあがる。なぜなら、世界一悪い日本の財政

 

の状態が青天白日のもとに晒されるからである。

 

 

 現在の円高は、40年以上続いた「世界第2の経

 

済大国の残照」のようなものだ。その時代が終わり

 

つつあるということを素直に認めた方がいいい。素

 

直な眼で事実を事実として眺めたなら、強い円の

 

先にくるものに対して少しは個人レベルでも考えを

 

めぐらし、個々の備えができるのじゃあなかろうか。

 

 治安の夢(国家が安らかにおさまっていること)に

 

ふけっていた時代は、日本人の足元からくずれ去ろ

 

うとしている。

 

 

 ※メモ(1) 2011年1月10日、日本政府はアイルランド債を1千億円分購入することを

 

決めた。アイルランドもギリシャと同じく、国が債務超過になっている。もし返済が不可能と

 

いうことになると、ユーロの価値が下落して、「円高・ユーロ安」がすすむ。

 

 日本がアイルランド国債の購入を決めたのは、スペイン国債の買い入れを決めた中国に

 

対する対抗処置でもある。中国の影響力がヨーロッパで大きくなると、「元の切り上げ」に

 

持ち込もうとしているアメリカの思惑にヨーロッパが同調しない状況が生まれて、アメリカ

 

の景気回復が遅れ、ひいては「円高・ドル安」の問題が解消されないからである。

 

 

 ※メモ(2) 今年の3月、4月に、スペイン、ポルトガルの国債の償還期間が立て続けにく

 

る。この国々は、ギリシャやアイルランドに比べると、経済の規模がはるかに大きい。した

 

がって、もし「償還ができない」、つまり「借金が返せない」あるいは「借金の借り換えがき

 

かない」ということになれば、ユーロは暴落する。このことは、すでに欧米のメディアでは

 

しきりに取り上げられているが、日本ではあまり報道されていない。

 

 

 ※メモ(3) 「リーマンショックに続いて、2番底は必ずくる」と予測する学者もいる。

 

 

島津豊久のこと

ロンドンに飽きた者は・・・

円高の2011年

ムクゲの花

 

谷克二が、故郷宮崎のホームページ

に寄稿した文章から。

 

 

 

 

 

谷克二が講師を努める、30年の歴史

を持つ文章を学ぶ教室からお届け。

 

 

 

 

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